声帯結節による発声障害(声のかすれ)

声帯結節(せいたいけっせつ)は、歌手や教師など発声頻度の高い方に発症しやすい「声帯の瘤(こぶ)」である。

通常であれば、声帯を休める(発声を控える)ことで改善しうる。
しかし、「声を職業とする方々」は、再発を繰り返すことは珍しくない。

現代医学における声帯結節の治療法として、声帯の安静化、発声法の矯正、手術による結節の除去などの選択肢は存在している。

当薬局において、声帯結節を主訴とする治療依頼は多くはない。
が、「声帯結節による発声障害」への漢方的アプローチが著効したので報告する。


糸練功の指標(合数)
合数の数値は、-1.0~10.0 の範囲で表わされ、
病態の要因である“異常ポイント”を意味します。
※症状が重いほど合数は低く改善と共に上昇します


症例

患者さんは、20歳代の声楽を専攻する学生さん(女性)である。

およそ10年前、病院にて声帯結節と診断されている。
主症状は、発声時にあらわれる「高音域のかすれ」である。

病院では、外科的治療は薦められず、発声法の助言を受けつつ経過観察中であった。

ある程度、声帯を休めると調子は良いが、声楽科の学生さんである。
「声を出さずに治療に専念するように・・・」
という状況は、甚だ酷であろう。
どうしても、日々のレッスンによる発声過多で、高音がかすれてしまう。

そんな中、ご自身で調べては良かれと思う民間療法や漢方治療に臨まれていた。

半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、桔梗湯(ききょうとう)・・・逍遙散(しょうようさん)等の服用歴はあるが、効果はなかったらしい。

既述のとおり、当薬局には声帯結節の依頼が少ない為、患者さんの御要望を受けるには葛藤があった。
だが、糸練功(しれんこう)の応用により、声帯部の漢方的解析と、適合処方の識別は可能と判断し、治療の依頼を受けることとした。
(糸練功の詳細は、「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)

一連の問診後、糸練功による漢方的解析を行った。
解析部位は、声帯部と、(強い首凝りを訴えていた)第5頚椎である。

解析結果は、以下のとおりである。

○声帯部の反応より
●温清飲(うんせいいん)証(A証)
●F曲参製剤合B牡蠣製剤(FきょくじんせいざいごうBぼれいせいざい)証(B証)
●半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)証(C証)

○第5頚椎の反応より
●桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)証(K1証)

以上の4証が、治療を要する低い合数で確認された。
「○○証」の表現は、○○という漢方処方で治療が成立することを意味する。
つまり、この症状の治療には、A証、B証、C証及び、K1証の4処方が必須となる。

ここである疑問が残る。
患者さんには(C証)に合致する半夏厚朴湯の服用歴があるが、それが無効だったらしい。

確かに患者さんの声帯には、(半夏厚朴湯証を含む)3種の異常(証)が存在する。
各異常の重症度は、(A証:-0.3合)>(B証:0合)>(C証:0.6合)である。

また、(C証:半夏厚朴湯)の存在を裏付けるかのように、半夏厚朴湯証らしき「咽喉の異物感」を患者さんは自覚されていた。

だが、C証:半夏厚朴湯証は、A証やB証に比して軽度である。
このことは、重度なA証、B証の混在下では、軽微なC証を改善させても、その有効性は認識し難いことを窺わせる。

それが、過去に経験された有効性の矛盾の一因であると著者は判断した。

さて、本症例の治癒には、すべての異常(A証)、(B証)、(C証)及び(K1証)を欠かさず、同時に改善させるのが最短の方法である。
しかし、全処方の服用は、物理的にも経済的にも負担が大きい。
故に、症状の軽微な半夏厚朴湯証(C証)は、他証の改善の後に着手することとした。

同日より、温清飲(A証)、F曲参製剤合B牡蠣製剤(B証)、桂枝加苓朮附湯(K1証)の服用時刻を設定し、治療を開始。


治療経過

・・・0ヵ月後
高音域のかすれ: 強い
咽喉の異物感: 軽度
頚部・肩の痛み: 強い

・・・3ヵ月後
高音域のかすれ: 軽度(風邪をひき一時悪化するが、後に良好となる)
咽喉の異物感: 軽度
頚部・肩の痛み: 軽度(痛みは消失、軽いコリ)

・・・6ヵ月後
高音域のかすれ: 軽度
咽喉の異物感: 軽度
頚部・肩の痛み: 消失(コリも消失)

咽喉の異物感と、高音域のかすれは、軽度に残存。
その原因は、「未治療の半夏厚朴湯証(C証)」と判断。
以降、(B証)、(K1証)の服用回数を減じ、半夏厚朴湯を服用。

・・・11ヵ月後
高音域のかすれ: ほぼ消失
咽喉の異物感: 消失
頚部・肩の痛み: 消失

「ずいぶん咽喉がスッキリしてきた」とのこと。

現在
漢方治療を継続中。


考察

「声帯結節に伴う、高音域のかすれ」への漢方薬による改善過程である。

冬季に入ると、風邪による咽喉の炎症で一過性の悪化を呈した。
が、その後は順調な改善である。

一般的に、「声のかすれ」という症状に着目すると、亜急性的な柴胡剤+石膏剤、麦門冬湯、半夏厚朴湯系・・・
はたまた、外台四物湯加味方など、幅広い選択肢が思い浮かぶ。

また、声帯結節の場合でも発症から日の浅い急性期であれば、適合処方の選択も容易なのかもしれない。
だが現実の患者さんは、発症して(高音域がかすれはじめてから)、医師より「声帯結節」と診断される頃には、慢性期に移行しているように思われる。

現に本症例も、当薬局へ依頼された当時、すでに声帯結節と診断されてから10年余りが経過している。

当然、患者さんの病態は複雑化している。
いったい、どんな漢方処方が適合するのか?

その漢方的解析に、糸練功という技術が大いに役立った。

加えて、その解析から得られた意外な結果に、著者は驚いた。
それは、声帯部が発している温清飲への強い適合性である。
その適合性は、声帯結節への適合処方と理解されるが、なぜ温清飲なのか???

非常に不可思議だった。

温清飲は、粘膜潰瘍を目標に、ベーチェット病に応用されることがある。
薬方構成は、四物湯(血虚)と黄連解毒湯(血熱)の合方である。
補血の作用も有することから、温清飲の使用頻度は女性に高い。

今回の温清飲の適合性は、糸練功のプロセスを経て、誘導されたものである。
また、望診からも温清飲の構成要素である地黄剤の適応兆候を確認できた。(四物湯肌)

一方、現代医学的な見地から、声帯結節は反復した機械的刺激(声帯の酷使)のために、粘膜下に液の貯留・繊維化を生じたものとされている。
興味深いことに声帯結節の発症は、圧倒的に女性が多い。

上述の理由から、「声帯結節=温清飲」という結論に達することは甚だ無謀である。
が、声帯結節の方に接し、地黄剤の適応を予感した際、投薬候補に温清飲を加えることは一考の価値があるように思える。

微力ながら、本報告が諸先生の再試・御報告の一助になれば幸いである。

最後に、糸練功の理論を構築され、御指導を賜りました木下順一朗先生(福岡県・太陽堂漢薬局)に衷心より感謝いたします。


治療に要した漢方薬と費用

漢方薬漢方薬の種類料金(30日分)
温清飲散剤9,000円
(税別)
F曲参製剤合B牡蠣製剤散剤17,200円
(税別)
桂枝加苓朮附湯散剤12,000円
(税別)
半夏厚朴湯散剤9,000円
(税別)

※ 適合する漢方処方は、個々の患者様により異なります